NHKスペシャル 病気の起源「糖尿病‐想定外のぜいたく‐」を観て
そうだった。食べることは、生きるための行動なんだ。
食事は、楽しみでも生きがいでもぜいたくでもないんだ。
食の起源は、生きることなんだ。
栄養士は、生きるための食を教育していく仕事なんだ。
これは、忘れてはならない事実で、これから、笑が栄養士として生きていくなかで根底に必ず置いておかなくてはいけないことだろうな。
ただ、ここには矛盾が発生するんだ。
食の楽しさや食文化を伝えていくことも、大切な栄養士の仕事だと思うから。
これは、ある意味人間らしさ?だと思うし。人間を人間らしくする、というか人間が持っている心を豊かにするものだと思う。
笑は、この飽食の時代に生まれたから、狭間に立たされている感覚だよ。
「おいしさ」の研究に勤しみ、日本人の体格を豊かにし日本を発展させ世界に通用する国にしたいと考えていた池田菊苗を知れば、感動し、おいしさを追及していく人間の素晴しさや、脳や感覚に関心する。
ぜいたくをしすぎて、病気や苦しみを生むようになったと聞けば、人間の欲について考え、目の前にある困難の壁におろおろして、不安になる。
貪欲に食べてきた報いを今受けているわけだけど、
「糖尿病になって、何が悔しいかって言ったら、美味しいロース肉や、焼肉やステーキなんかが食べてはいけなくなったことだよ。」なんていっているのを聞くと、それは、辛いなぁ、可哀想だなぁって思ってしまう。別に普通の人と同じ食事は出来るのだけど、ただ油っぽいものなんかが食べられなくなってしまうだけで。
これが、今の時代の人間の欲の現われなんだよね。
ぜいたくになれてしまったから、生きるための食が辛い。なんて、これはおかしいことなんだよ、やっぱり。
笑は、栄養士になったら、食育がしたいってずっと思っていた。し、多分今も。
ご飯を食べない子どもたちがいる事実が悲しくって、小学校で栄養士の先生やって、
「食べるって楽しいね!ご飯ってこんなに体にいいんだよ!おいしいってわかるって素晴しい!」
なんて、食の素晴しさを伝えたい!とか思っていた。
間違っても病院で働きたくなかったし。
けど、違うのかも。食育っていうのは飽食の時代だからこそ生まれたものなのかも。
飽食の時代が人間に与えているものをこの目で見ないと、食育は出来ないのかもしれない。
Evidence based Nutriton 根拠に基づいた栄養学を徹底的に学んで病院で人間と向き合う?のも楽しいのかもしれない。
ここにきて、ってまだ一年だけど、迷い始めるのかね。
栄養教諭か病院栄養士。
でも、まず、この気持ちを持続させないと^^;
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